新たなるエルサレム 

 私たちは、聖なるパスハの40日間(復活祭期)、このように歌い祷っています。「新なるイエルサリムよ、光り光れよ、主の光栄爾に輝きたればなり。シオンよ、今祝いて樂しめ、爾潔き生神女よ、爾が生みし主の復活を喜び給え。(五旬経より)」

 エルサレム(イエルサリム)はご存知のように第二次大戦後、戦火の絶えない場所です。シオンというのもその辺りの別名です。宗教戦争の代表のように言われることもありますが、誤解です。これは欧米諸国のエゴがこの地で衝突しているのです。まことの宗教者はこれに乗せられてはならず、殊に私たち正教信徒は、かの地で何百年もイスラム教徒、ユダヤ教徒、正教のキリスト教徒たちが基本的には共存してきたことを知らなくてはなりません。エルサレムこそ聖地であるとして、何が何でも自分たちのものにしようという態度はハリストスを知った者には無縁です。

 パスハ後第五主日(サマリヤ婦の主日)の福音で、似たような話が出てきました。ハリストスとサマリヤの女との会話です。当時ユダヤ人とサマリア人とは仲が悪かった。ユダヤ人はエルサレムこそ礼拝すべき場所だと主張し、サマリヤ人はゲリジム山という山こそ礼拝すべき場所だと主張していました。ハリストスが賢者であると思ったサマリヤの女は、「どちらが正しいのか?」と質問しました。しかしハリストスの答えは、「この山でもエルサレムでもないところで礼拝する時が来る」というものでした。
 これこそ、私たちが歌い祷っている「新なるエルサレム」です。それは天使が「恩寵を滿ち蒙る者よ」と呼びかける、神の母マリヤのことです。神(しん)とまこととを以て礼拝するとは、神の母マリヤの如き愛をもって祷ることです。大いなる謙遜と従順の心を以て祷ることです。マリヤが神と人との繋がりを回復した如く、神と人々の繋がりを回復しようと祷ることです。
 新なるエルサレムは、特定の場所のことではありません。神の母マリヤの如く、"ハリストスの居ますところ"のことです。それは「私の名によって2、3人の人が居る所に私は居る」と仰ったハリストスのお言葉どおり、愛し合い助け合う者が2人でも3人でも居るところです。ですから、もし誰かが新なるエルサレムを得ようとするならば、すなわち1人とでも2人とでも自分のものを分かち合い始めることです。憎むのではなく、愛することによってしか得られません。奪い合うものでなく与えるもの、分かち合うもの、それが正教信徒にとっての聖地であり天国なのであります。

 ハリストスは「私が与える水を飲む者は決して渇かない。」と言われ、「私の食べ物とは、私をお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。」と言われました。しかし私たちはむしろ飲むほどにますます喉が渇くような強い酒や砂糖たっぷりのジュースのような、過度の快楽を求めて止まず、どこまでも自分の欲求を満たすことを当然と思い込み、たまたまこの世で借り受けたに過ぎない財産や権力などがあるところを死守しようとします。それは言ってみれば古いエルサレムです。あるいは、そんな競争に嫌気がさして、愉快な趣味に生きますか? しかしそれが他者を顧みない独りよがりのものであったなら、ゲリジム山の如き古い聖地の一つに過ぎないのです。ハリストスが私たちの内に来られるまでは、私たちは自分のため自分たちのために人に勝ったり負けたりという生き方しかできなかった。ハリストスはそんな私たちに全く新しい生き方を示しました。人を赦し、敵をも愛し、全ての人と全てのものを分かち合う生き方です。

 そもそも私たちの生命"いのち"は神が与えたから湧き出した泉なのであり、私たちの生活"いのち"は他の人が播いたものを刈り入れる業なのです。多くのまともな宗教が「あなたの生命はあなただけのものではない。大なる存在から与えられ、一時的に借り受け、感謝して大切に扱い、いつかお返ししなければならないもの」と教えます。そのなかでも私たちの聖書、殊に旧約聖書創世記の天地創造の業は、私たちの"いのち"を含む天地の万物が主なる神の賜物であること、殊に人間にはこの世を平和で感謝と喜びに満ち溢れる世界として管理する務めがあることを何よりも明らかに教えています。


 分かち合う生き方は、何よりこの聖体礼儀において明らかに示されます。パンとぶどう酒を賜物の代表として感謝とともに捧げて神にお返しし、私たちは互いに平安の挨拶を交わし"教会の家族・新なるイエルサリム"に一致します。パンとぶどう酒は"三日目に復活した者・主・神・ハリストス"となり、古きイエルサリムやゲリジムの民を復活する新しい民とします。「慶べよ、また曰う、慶べよ」と歌われる通り、もう渇くことのない水・尽きることのない眞の生命の糧を私たちは受けます。

 皆で分かち合う聖体礼儀的な"いのち"の喜びに入りましょう。新なるイエルサリムよ、光り光れよ! ハリストス復活! 實に復活!!

(ステファン内田圭一)

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