道東には現在3つの聖堂・会堂及び2つの集会があります。


釧路ハリストス正教会・聖神降臨聖堂

聖堂外観 聖堂内観

 1887(明治20)年、根室に伝教者が配属され、ひがし北海道での正教会伝道が始まりました。1891年に聖堂が建てられ、1892年からは根室に司祭が配属され、クリル諸島を含む北海道東部を管轄するようになります。北海道各地で新たな開墾の為に多くの人々が移住してきており、点在する正教会信徒を司祭は馬橇、船、そして徒歩で、順に訪問していきました。1896年の記録に、根室の信徒193名、シコタン島58名、釧路11名とあります。

 後、釧路が鉱山・木材産業により発展し、ひがし北海道の中心都市が根室から釧路に移るのに併せて伝道拠点も釧路に移しました。1898年に釧路に伝教者が配属され、1902年に最初の聖堂が建てられました。根室に居た司祭は1910年より釧路に移り、現在に至るまで釧路在住の司祭が道東を管轄しています。

 1932年に建てられた2代目聖堂は、函館ハリストス正教会聖堂などを手掛けた輔祭イォアン河村伊蔵師によって設計されたもので、その瀟洒な姿は信徒のみならず多くの人々に愛されてきました。

 現在の3代目聖堂は1992年に新築されたもので、通常、毎月第1、3日曜日に聖体礼儀(午前10時より12時頃まで)を、第2、4日曜日に代式祈祷(午前10時より30分強)が行われています。誰でも参加・見学することができ、予約等の必要もありませんが、都合により日程が変わることもありますのでホームページやお電話等で確認されると良いでしょう。

釧路正教会への交通

教会略地図

たんちょう釧路空港から、車で約40分(21km)、釧路空港連絡バスご利用の場合は釧路市内行に乗り、釧路フィッシャーマンズワーフMOOで降車、徒歩15分(1km、上り坂あり)です。
JR釧路駅から、徒歩で約25分(1.8km)、バス利用の場合はバス停「三慈会病院」に停まるバスに乗車してください。バス停「三慈会病院」からは徒歩で約5分(300m)です。
駐車場はあります(10台以上駐車可能)



帯広地区

会堂はありませんが、年に二度の廻家祈祷(家庭巡回)を行っています。また年に一度、公共の場所をお借りしての聖体礼儀を行っています。詳細は釧路教会にお問い合わせ下さい。

帯広集会 帯広集会

北見地区

会堂はありませんが、年に二度の廻家祈祷(家庭巡回)を行っています。また年に一度、公共の場所をお借りしての聖体礼儀を行っています。詳細は釧路教会にお問い合わせ下さい。

北見集会 北見集会

根室地区

会堂はありませんが、年に二度の廻家祈祷(家庭巡回)を行っています。詳細は釧路教会にお問い合わせ下さい。


上武佐ハリストス正教会・生神女就寝会堂

会堂外観 会堂内観

上武佐ハリストス正教会 生神女就寝会堂  上武佐最初の信徒伊藤繁喜は九州鍋島から屯田兵として入植し、根室正教会信徒パヴェル小川文治の勤務する薫別の孵化場で1897年に受洗し標津教会を組織しました。伊藤氏は1916年より上武佐駅逓の取扱人として勤めながら伝道し、信徒を増やしました。1919年に標津原野武佐教会として初代会堂建立、1951年に2代目が建立され、現会堂は1978年に建立されたものです。

大正期以降の正教会受難の時代にも上武佐の信徒たちは牛を教会に献納して教会維持に充てるなど、堅く信仰を守り続け、1942年には標津村初の季節保育所を開設する等、地域貢献もしてきました。NHKの「行く年来る年」にこれまで3度全国放映される等、中標津町のPRにも一役買っております。

通常、毎月第2日曜日の午前10時より12時頃まで、釧路から司祭を招いて聖体礼儀を行っています。誰でも参加・見学することができ、予約等の必要もありませんが、都合により日程が変わることもありますのでホームページやお電話等で確認されると良いでしょう。

■問い合わせ

標津郡中標津町字武佐南9線西1番地

電話  01537-4-2169 諸事情により電話停止しました。見学その他のお問い合わせは 釧路ハリストス正教会 までお願いします。

上武佐正教会への交通

中標津空港から、車で約10分(7.8km)、中標津市街地(バスターミナル辺り)からタクシーで約13分(9.5km)です。(中標津バスターミナルからのバスは1日2便のみです)
駐車場はあります(10台以上駐車可能)


境内地は普段無人です。教建物会内を見学したい方は事前にご連絡ください。


ミトロドラ草替律子姉について
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上武佐ハリストス正教会出身者として忘れてはならない方がミトロドラ草替律子さんです。草替さんは2001年の明石花火大会歩道橋事故にて見知らぬ赤ちゃんを庇って永眠されました。2001(平成13)年7月21日午後8時40分頃、兵庫県明石市の大蔵(おおくら)海岸からJR朝霧駅に通じる歩道橋(長さ100メートル、幅6メートル)上で、市主催の夏祭り花火大会の見物客が混雑のため将棋倒しになり、死者11人、負傷者222人を出す惨事となりました。  ある夫婦は生後2ヶ月の赤ちゃんをベビーカーに乗せて花火大会に来ていました。歩道橋は見物客で込み合い、一向に前に進めません。赤ちゃんを団扇で扇ぐ母親に、夫婦で見物に来ていた草替さんが「優しく扇いであげて」と声をかけました。 混雑はさらに激しくなり、歩道橋は次第に危険な状況になりました。あまりの混雑にベビーカーは母親の手を離れてしまいました。律子さんは「赤ちゃんが殺されてしまう」と叫んで、赤ちゃんを守るためにその上に覆い被さりました。直後に将棋倒しが発生し、律子さんを巻き込みました。赤ちゃんは軽傷で済んだが律子さんは亡くなりました。遺体には踏まれた靴の後が痛々しく残っていたとのことです。 自らの生命をかけて、見知らぬ幼子を救ったミトロドラ姉を、私たちはいつまでも語り伝えたいと思います。そのため、上武佐ハリストス正教会では毎年7月22日に、平成13年に起きた明石花火大会歩道橋事故で永眠された全ての方々を追悼し、ミトロドラ草替律子姉を記憶するパニヒダ祈祷を行います。永遠の記憶。

(参照 公益財団法人社会貢献支援財団WEBSITE)

斜里ハリストス正教会・生神女福音会堂

会堂内観 会堂外観

 大正元年、十勝国新得より斜里に再移住した宮城県原町教会のパウェル佐藤以下5戸の信徒は初め網走教会に所属していましたが、大正4年に初代の会堂をロマン福井神父のもと斜里町西1線20番地に建てセルギイ府主教によって成聖されました。昭和23年現在地に移転し、昭和54年2代目として現会堂を建立、生神女福音会堂として成聖され現在に至ります。

通常、毎月第4日曜日の午前10時より12時頃まで、釧路から司祭を招いて聖体礼儀を行っています。誰でも参加・見学することができ、予約等の必要もありませんが、都合により日程が変わることもありますのでホームページやお電話等で確認されると良いでしょう

見学その他のお問い合わせは 釧路ハリストス正教会 までお願いします。

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